インタビュー#3: 細尾真孝(細尾12代目)、小林弘和(SPREAD)
本誌での紙面上の出会いが、一つのコラボレーションへと結実しました。京都は岡崎、みやこめっせにある京都伝統産業ミュージアムでの特別企画展「MILESTONES―余白の図案」(2022年4月23日〜7月18日)。クリエイティブ・ユニットSPREAD(山田春奈さんと小林弘和さん)の仕事に前々から興味を持っていた、西陣織「細尾」12代目・細尾真孝さん。細尾の家具が表紙を飾った本誌vol. 04に掲載した、SPREADへのインタビューが縁となり、準備していた展覧会のアートディレクションをSPREADに打診。当初は広報物の依頼でしたが、プロジェクトが進むなかで関わりも変化し、展示内容の重要な一部もSPREADが担うことに。
細尾は2014年から京都芸術大学(当時は京都造形芸術大学)と協働し「MILESTONES」プロジェクトと題し、西陣に残る約2万点の帯図案(昭和後期)のデジタルアーカイヴを制作してきました。現在、1万4000点のデジタル化が完了しています。
今回の展覧会では、アーカイブした膨大な図案データを、プログラマーの堂園翔矢とSPREADがそれぞれに解釈し、展示へと昇華。堂園さんはおびただしい数の図案同士の関係を空間的に分類した映像作品や、図案データを機械学習したAIが新たな図案を生成するさまを見せる作品を展示しています。SPREADは、AIが生成した図案の中から1枚を選び出し、独自の解釈で着彩、さらには色をジャンプさせてピクセル化した図案を、床一面のインスタレーションとして展開。現代の感性と技術を掛け合わせることで、図案の解釈を更新しようと試みる展覧会です。
コラボレーションを振り返って、細尾真孝さんと、SPREADの小林弘和さんにお話しいただきました。
アイデアのジャンプアップ
細尾: 西陣織の制作現場では、着彩した図案は時代ごと破棄するのですが、色を入れる前の下描きにあたる、素描の図案だけが残されていました。色を時代時代に委ねることで、後世の職人がクリエイティビティを発揮する「余白」を残す、先人の方法なのだと思います。
当初私が考えたのは、そのようにして残された素描の図案に、現代の色を与えたいということでした。SPREADさんはミラノサローネで展示を拝見したこともあり、すごく色の上手な方だなというのがあって。今回の展示は色がキーになるという確信はあって、SPREADさんしかないと。
ただ、面識はなかったんですよ。それがライブアートブックスさんのタブロイドを通して繫がった。実際にSPREADさんをご紹介いただいたのが、2021年の年末ですよね。そこから今が2022年の4月ですので、SPREADさんにも相当ご無理をお願いしたと思います(笑)。
小林: 細尾さんから「図案に現代の感覚で色を塗ってほしい」という話がまずあって、実際に色をつけてみたんです。でも、新しい色の絵柄にしかならなかったんですよ。それだけだとどうなんだろう、と思っていて。探り探り進めていました。
細尾さんに「伝統を尊重して、その枠に収めたほうがいいですか?」と聞いたら、「いや、もっと攻めたい。フルスロットルでやってください」という反応だった。キュレーターの井高久美子さんも含め、チーム全体が、もっと挑戦することを求めている印象でした。細尾さんと話していると、けっこう発想が跳んでいるので、逆にこちらも跳んでいいんだと思える感じがします(笑)。
それで、よりジャンプアップするアイデアを考えて、実際の形になりました。ポスターやチラシなどの広報物が完成して、良いグラフィックが出来たと思えました。壁一面ぐらいはそのグラフィックで埋め尽くしてもいいんじゃないですか、という話をしたら、細尾さんと井高さんが打ち合わせをして、「床全面にやります」と。大胆だなあと(笑)。
細尾: SPREADさんは色は上手だし、絶対良いものができるとは思っていました。でも最初は、カッコよく着彩したグラフィックがくるかなと想像していました。でももう一段跳んだアイデアがきたので、やられた、それだ、と思って(笑)。それならもっと踏み込んで、一緒に「ダイブ」してもらおうと。
エラーとクリエイティビティ
細尾: AIが生成した図案からSPREADさんが1枚の図案を選び、着彩し、それをピクセル化していますね。とはいえ、単純にビットマップ化しているだけではない。
小林: 元の図案が骨だとすると、それに着彩したものは、骨に肉をつけたようなイメージです。そこからさらに骨を抜いてみるのが今回のアイデアでした。色だけにして、形の情報を抜き取る。抜き取ったら抜き取ったで、また新しい形が見えてきたりもするので、面白いなと。
ただそれだけではなく、実はもう一回色のジャンプアップをしています。さらに色、コントラストに加えて、形についても「バグ」を入れています。グラフィックのカーペットを展示会場に敷き詰める際にも、場所を入れ替えるなど、即興的にバグを入れています。
細尾: 骨をつくって肉をつけて、そこから骨をすっと抜き取る。そのうえ、さまざまなバグが入っている。
小林: 堂園さんがAIで生成した数千の図案から、今回のビジュアルの元になる図案を選ぶのが大変でした。元々の図案で2万点あるうえに、そこに数千点が加わっている。
どういう基準で選ぼうかと思ったのですが、「えぐい」とか「気持ち悪い」のぎりぎり手前にあるような、ぬるっとした感触がある図案が面白かった。ふだんデザインの仕事をしていると、アイデアを練る過程で美しくないグラフィックが出来て、「これは気持ち悪いから、なしにしましょう」となってしまうこともあって。でも今回、その「えぐいもの」に対する感覚を捨てないことが大事だと思いました。そこにはクリエイティビティにつながるバグやエラーが潜んでいるんじゃないかと、感覚的に思って。良い意味での気持ち悪さというか、「気持ち悪いけど美しい」という感覚を手放したくなかった。
人は基本的に、気持ちいいものしか選ばないじゃないですか。でもたまにそうじゃない選択肢がつくれたらそのほうがいいし、気持ちいいものだけを選んでいったら、世の中がつまらなくなっていくと思う。
細尾:エラーをどう起こすかですよね。私は細尾を継ぐ以前、ミュージシャンとして活動していた時期があります。音楽、たとえばエレクトロニカでも、わざとエラーを起こして、そこからもう一回曲を構成し直したりしますね。
生物の進化でも、突然変異というかたちでエラーが起きて、そこから環境への適応が進むことがある。50年前の完成された美学を体現している図案を、AIにディープラーニングさせて、何か私たちが違和感を感じる図案をつくる。そこにもう一回色を入れて、元に戻したときにどうなるか。ある意味では「変異種」をつくる実験でもあるのかなと思います。
膨大に生成される図案の中から、エラーを見つける作業からクリエイティブは始まっている。実際それが一番大変でしょうし。同時代の中で「これがいいよね」という感性を共有するのではなく、より実験的なセッションだったのだと思います。実はSPREADさんと一緒にさらに「ダイブ」したいと思って、新しいプロジェクトも動きはじめています。
2022年4月22日、展示会場にて
特別企画展「MILESTONES-余白の図案」
開催期間|2022/4/23~7/18
会場|京都伝統産業ミュージアム 企画展示室
*展覧会ページはこちらをご覧ください。