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写真家インタビュー: コロナ禍のなか、あらたな旅がうまれる―岩根愛『A NEW RIVER』

コラム

2019年に木村伊兵衛写真賞と伊奈信男賞をダブル受賞し、一躍、脚光を浴びた写真家・岩根愛さん。
受賞作『KIPUKA』につづく新作についてうかがいました。

*本記事は2020年11月に発行した「LAB express vol.02」から転載しました。

 
 

岩根愛さん

 
 

新作にとりくんだ理由

この夏、東京都写真美術館で開催された企画展「日本の新進作家 vol.17 あしたのひかり」に参加した岩根さん。当初は代表作〈KIPUKA〉を再構成する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行により、開館状況や会期が大幅に変更され、それにともない、展示案を根底から変えたのだそうです。

 

「春先、桜の開花を追いかけるようなかたちで、福島、岩手、青森と北上をつづけ、写真を撮っていました。そんななか、感染症が広がり、いままでの社会とはまるで違う状態になってしまった。なのに、いったん過去にまとめた作品を、なにごともなかったように展示していいのかと考えるようになって」

 

岩根さんの思いは、真摯に時代と向きあう姿勢からうまれたにちがいありません。結果として、展示の内容は幽玄で強度に満ちたインスタレーション「あたらしい川」として結実。〈KIPUKA〉にもとづくマルチチャンネル・ヴィデオ作品に加え、未発表のスライドフィルムによる〈My Cherry〉、そして、東北の桜と伝統芸能を軸とする新作が渾然一体となった空間があらわれたのです。
展示と並行してとりくんだのが、あらたな写真集『A NEW RIVER』の制作。2018年に刊行された前作『KIPUKA』(青幻舎)とおなじく、造本設計を手がけたのはマッチアンドカンパニーの町口覚さん。町口さんが主宰する写真集レーベル「M」からの刊行となりました。

 
 

岩根愛写真集『A NEW RIVER』

 
 

写真集としての表現

「そのつど状況に反応し、衝動的に撮影した一枚一枚の写真と、それらを本としてまとめた写真集、それから、美術館やギャラリーという空間をつかった展示は、もちろん、強く結びついてはいるものの、見せ方や伝え方は、まったく別物として考えています。展示の場合は、学芸員の方などと相談しつつ、基本的には自分なりにプランを考えていきます。写真集の場合は、写真をまとめて町口さんにお渡しし、構成は、桜の写真を撮った順の時系列にしたい、とだけはお願いしましたが、あとはおまかせ。写真を読み込んだうえで、的確に交通整理をしてくれるので、ありがたい存在です」

 

『A NEW RIVER』は叙情詩のような造りになっています。晴れわたる空の下、満開の桜並木をとらえた写真からはじまり、幻惑的な夜桜と不穏な気配がただよう光景が重なりながら、ときおり差し挟まれることばと、ふいによみがえる過去の映像が、記憶の川のように流れ去っていくのです。静かな緊張感をたたえた写真の連なりは、生者と死者の交感を暗示しているようにも見えます。
象徴的な一枚が、岩手県北上市で撮影された夜桜。北上川沿いに広がる、およそ2kmの桜並木は、毎年4月から5月にかけて、満開の桜のトンネルをかたちづくり、そのうつくしさに惹かれ、多くの人々が訪れる景勝地です。

 

「けれども、今年は感染症の予防と拡大防止のために、北上展勝地のさくらまつりも中止となりました。周囲に誰もいないという意味では、福島県の避難区域で咲き誇っている桜と、どこか重なるものを感じます。そのいっぽう、暗闇をとおして遠くから聞こえる獣の声に、ちょっとわくわくしたりもして……」

 
 

岩根愛写真集『A NEW RIVER』

 
 

境界を超えていく

鋭敏な感覚を表現に落としこむにはどうしたらいいのか。岩根さんは、ストロボを焚き、スローシャッターをもちいることで、この世であってこの世ではない、物の怪じみた存在が徘徊する世界へわたっていきました。
写真集『KIPUKA』では、盆唄を手がかりに、ハワイと福島、このふたつの土地にまたがる壮大な叙事詩を組み上げた岩根さん。震災と放射能によってふるさとを追われた福島の人々との交流は、いまもつづいています。その延長線上で『A NEW RIVER』でも、三春、北上、遠野、一関、八戸の五か所で咲いていた桜と、土地ごとに伝えられた踊りを、夜の闇のなかで撮影しました。人間と自然が溶け合い、人と鬼との区別も定かではないような異界。そこにほの見えるのは淡々しい光と、ともに生きることのよろこびです。

 

「コロナ禍の影響で、撮影させてもらった方々には、展示会場に足を運んでいただくことができませんでした。それがとても残念で。だからこそ、本のかたちでまとめたこと、それをお送りできたことで、ちょっとは恩返しができたかなと思っています。また、写真集を手にとってくださった方々には、東北で感じたものがすこしでも伝わってほしいですね。そう願っています」

 

[書籍情報]

岩根愛『A NEW RIVER』

32ページ、B5、並製本糸中綴じ、限定700部(サイン・エディションナンバー入り)、2,500円+税
発行日|2020年7月28日 発行所|bookshop M
造本設計|町口覚+浅田農(マッチアンドカンパニー) 印刷|ライブアートブックス 製本|博勝堂
*本書のご購入はShelfのウェブサイトをご覧ください。

「LAB express vol.02」について


本記事は2020年11月に発行した「LAB epress vol.02」から転載しました。
「LAB express vol.02」についての詳細はこちら→ よりご覧ください。

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