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イベントレポート:小野和子『あいたくて ききたくて 旅にでる』刊行記念トークイベント「出会う、つくる、考える」

イベントコラム

小野和子さんの単著『あいたくて ききたくて 旅にでる』の刊行を記念し、
版元である「PUMPQUAKES」(パンプクエイクス)の方々と造本設計を担当した大西正一さんを迎え、
2020年2月22日(土)にSLOPE GALLERYでトークイベントを開催しました。

 
 

小野和子『あいたくて ききたくて 旅にでる』(PUMPQUAKES刊) 書影

 
 

民話を採訪するという営み

半世紀にわたり東北の村々を訪ね続けてきた民話採訪者・小野和子さん。初の単行本となる『あいたくて ききたくて 旅にでる』は「民話を乞うて歩いたわたしに施された尊い言葉」によってかたちづくられた驚異の書物です。無数の人々から聞き取った「消えていく泡」のような民話たちは、日記や手紙、資料や文献など、さまざまなテキストとともに、重層的な語りのなかに解き放たれ、いくつもの声がこだまする物語群として編み直されました。また、この本には、小野さんの姿勢に共鳴する映画監督の濱口竜介さん、アーティストの瀬尾夏美さん、写真家の志賀理江子さんも寄稿。民話を採訪するという営みがどんな意味合いをもっているのか、自身の表現と重ねながら、真摯に読み解いています。
版元の「PUMPQUAKES」は、志賀理江子さん、インディペンデント・キュレーターの清水チナツさん、映像技術者の長崎由幹さんによるトリオ。
2011年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけに出会い、制作、編集、キュレーションなど、そのときどきの状況に応じて協働しながら、学びと表現を実践し続けているチームです。トークイベントでは、清水さんと長崎さん、デザイナーの大西正一さんを迎え、制作の裏側を語ってもらいました(参加できなかった志賀さんには、後日、本の表紙で用いた写真についてコメントをいただきました)。

 
 

 
 

語り手の息づかいをデザイン

本づくりのきっかけは2014年にまでさかのぼります。小野さんから『あいたくて ききたくて 旅にでる』の原型となる手製本を渡された清水さんは、一読驚嘆、これを本にしたいと申し出ます。その要望に応え、小野さんは新たな文章を書き継ぎ、結果としてテキストの分量は2倍以上に増えたそうです。

 

「いただいたものは、身近な方々に向けてつくった40冊のうちの1冊。信頼してくださっていることにうれしさを感じつつ、同時に、これはもっともっとたくさんの人の手に渡るべきだと、使命感のようなものを強く感じてしまって。時間はかかりましたが、ようやくかたちにすることができました」(清水さん)

 

先に触れたように、『あいたくて ききたくて 旅にでる』では、さまざまなテキストが響きあい、いくつもの声の重なりの中から、小野さん自身の語りが立ち上がります。こうした複雑な構造をブックデザインに反映させたのが大西正一さん。語り手の息づかいを感知させようと、書体や文字組を精密にコントロールするとともに、輻輳する語りに応じて、文字色の濃淡までこまやかに指定しています。

 

「デザインというものは、ある意味、理知的に操作していかないと成り立たない作業です。しかし、この本を手にする人たちには、まずは小野さんの歩みを感覚的に受けとめてほしいという思いがありました。そのバランスで苦労したところが多々あります」(大西さん)

 

それなりに厚みのある本なのに、本文用紙の選択と綴じの工夫で、ページはめくりやすく、全体から〝強靱なやわらかさ〟が伝わるつくりになっています。内容と形式が密接不可分のデザインといえるでしょう。

 
 

左|左から、長崎由幹さん、清水チナツさん、大西正一さん 右|トークイベントでは小野和子さんのインタビュー映像も流れた。

 
 

民話のもっている力

真っ白なカバーをとりはずすと、表紙には志賀さんが撮り下ろしたふたつの写真。いくぶん不穏な空気をたたえながらも、それゆえ神話的な──いえ、「民話的な」と言い直しましょう──強さがみなぎっています。ふいに東北の古層があらわれたかのように。

 

「小野さんの営みを表象するようなものを撮影しました。ひとつは牡鹿半島で見つけた石。本のなかに石のようになってしまったおばあさんのエピソードが出てきますが、そこからイメージしています。もうひとつは徳仙丈山に自生するツツジ。満開になると地元の方々は〝山が燃えている〟と表現する。その光景は狂おしいくらいで、民話の世界に通じるような気配が漂っています」(志賀さん)

 

小野さんはこんなことばを記しています。「ああ、石のように閉ざされた『物言わぬ世界』があり、さらに『尽きない苦労話の世界』があり、その上に咲く花のようにして、『民話の世界』がこの世にあるというのか」と。海辺の町や山奥の集落で、口から耳へと語り継がれてきた民話。そして民話とともに語られていたのは、小野さんという聴き手がいなければ、誰も知ることのなかったであろう歴史のかけらたちでした。

 

「小野さんのとりくみや人間としてのたたずまいが、本としてかたちを与えられた気がしています。ぼくたち自身がそうなのですが、小野さんという存在そのものに励まされている感じがある。民話というと、むかしの話という印象が強いと思います。でも、じつはそうではなく、いまの状況とまっすぐつながっているものなんですよね」(長崎さん)

 

「ふしぎなことに、読んだ方々は、みなさん、自分と結びつけて感想をおっしゃるケースが多い。つまり〝自分ごと〟を語り始めるんです。こうした状況には、小野さんの語りの強さや民話のもっている力が示されているのだと思っています」(清水さん)

 

*トークイベントの内容をもとに、記事として再構成しました。

[書籍情報]

小野和子 著 『あいたくて ききたくて 旅にでる』

368ページ、A5変形、2,700円+税
編集|清水チナツ 写真|志賀理江子 造本設計・デザイン|大西正一
寄稿|濱口竜介・瀬尾夏美・志賀理江子 発行|PUMPQUAKES
印刷・製本|ライブアートブックス プリンティングディレクション|川村佳之・清水チアキ
*本書のご購入はPUMPQUAKESのウェブサイト https://www.pumpquakes.info/をご覧ください。

「LAB express vol.01」について


本記事は、2020年8月に発行した弊社初のタブロイド「LAB express vol.01」より転載しました。
「LAB express vol.01」についての詳細はこちら→ よりご覧ください。

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